天台宗とは?
天台宗について
天台宗とは、中国を発祥とする大乗仏教(だいじょうぶっきょう)の宗派の一つです。元は、隋 (ずい)という中国の古代の王朝 (581~618)の時代に、中国の僧侶、智顗(ちぎ)さんという 人が開いた仏教の宗派です。密教と呼ばれる宗派の一つで、天台法華宗(てんだいほっけしゅ う)とも呼ばれています。
※大乗仏教・・・仏教の二大流派の一つ。
そして、日本では最澄(さいちょう)という人が、平安時代に唐(とう)より持ち帰り広めたと されています。本山は、比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)。 本山とはそれぞれの宗派に存在する本社のようなもので、地域のお寺は支社のようなものです。 法華経の中で説かれている教えの中で、「誰もが成仏できる」という考え方を持っている。全て の人間が仏になる種、つまり仏性を持っている仏性の周りには煩悩の皮が張られていて、その煩 悩を剥がすことができれば、その人の中にある仏性が輝き、成仏できると考えられています。
そもそも密教って?
教団の中で秘密の教義と儀礼を、師資伝承(ししそうじょう)によって伝えていく仏教のことを いいます。密教と逆の立場にあるのが顕教(けんきょう)です。顕教は広く大衆に向かって世界観 を語り、明瞭な言葉で仏教の教えを説くスタイルです。 密教は、真言宗の東密(とうみつ)(東寺の密教)と、天台宗の台密(たいみつ)という2つに区分さ れます。この2つの違いは長くなるので、また次回の機会にでもお話ししたいと思います。
※師資伝承・・・師から弟子へと法を次第に伝えていくこと
天台宗を開いた最澄とはどんな人だったの?
最澄さんは、滋賀県大津市に生まれで、幼い頃より才覚を発揮して、12歳の時に近江国分寺で出 家されました。15歳で授戒(じゅかい)、名前を最澄としました。 今の時代で考えると、小学校6年生ごろから、お坊さんになることを考え、修行されていたとは、 色々と我慢を強いられる生活に、ストレスがたまらなかったのでしょうか? 少し話が脱線してしまいましたが、最澄は20歳の時に東大寺戒壇院(とうだいじかいだいいん) で僧侶となり、比叡山に登り、たくさんの修行に臨みました。12年に及ぶ修行の中で天台宗に 出会い、その虜になりました。 そして、遣唐使として唐にわたって、約1年間、またまた大変な修行を乗り越え、禅や密教について学び、日本に天台宗を持ち帰り新しい宗教として開きました。57歳で亡くなるまで、後継者育 成に心血を注ぎました。若くから自分の道を見つけ、晩年まで情熱をもって生きてきた最澄さ ん。なんともかっこいい人です!
※授戒・・・「戒めを授ける」という仏教用語で、仏弟子になるための儀式で、戒を与えられた ものではなく、与えるものが使用する言葉。›